「お待ちしておりました。さあ、中へどうぞ」  私の名は田辺一朗という。最近軍務局に所属することになった『若造』だ。  若造…といっても、年齢的にも、肩書的にも、局のお偉方の平均と比べての話ではあるのだが。  「お忙しい中での視察先として当鎮守府をお選びいただき、とても光栄です」  「いや、そんな大層なものではないから、肩の力を抜いてほしいんだが…」  ちょうど鎮守府の一般公開イベントがあるから、若造は艦娘の現状を把握するために視察してこいと送り出された。  ただそれだけなのだが、どうもいろいろ勘ぐったらしく、隣を歩くこの艦娘は少々緊張しているようだ。  名を、瑞鳳、という。この鎮守府では指揮官レベルに位置する。  「本日はご存知の通り、地域の方との交流を目的とした一般公開日です。少々…では済まない程度に混み合っておりますがご了承ください」  「いやいや、活気があって良いし、こういった雰囲気も視察目的に入るから、問題ないよ」  「ありがとうございます…と、こちらへどうぞ」  屋台が並ぶ正門付近を抜け、検問を通ると、紫の髪の艦娘が敬礼をしていた。  「本日ご案内を担当する者です。何でもお申し付けください。」  「はい、陽炎型駆逐艦十七番艦、萩風、と申します。よろしくお願いします。」  ごく一般的な駆逐艦…陽炎型、といったか。  もっとも、艦型と実際の職務は関連しない。案内役に据えられたということは、それなりの役職につく者なのだろう。  「よろしく。早速だが順番に中を見ていきたい。」  「わかりました。それではこちらへ。」  到着早々に中を見たいというのも随分な話のような気もするが、今日は後の予定がある。  時間は有意義に使っていこう。  最初は、目の前に見えている建物群の中…体育館のようなものに案内されるようだ。 *****  「まずは、当鎮守府のあらましからどうぞ」  さて、様々な理由により、横須賀、呉など、設備の整った各『主幹鎮守府』から離れた場所に、新たに泊地を整備し運営する一団が居る。  それらは、『主幹鎮守府』の最新鋭を誇り高度に整備された設備というメリットを捨ててでも、離れる必要があったグループだ。  艤装や兵装の研究のためより整った設備が必要、建造直後の艦娘のための学び舎が必要、など、それらは目的に応じて様々な形態をしており、それらには『独立系鎮守府』という通称がついている。  ここはその一つ、名前を「日野春鎮守府」という。  独立理由は「各資源輸送のためのシーレーンを確保と大量の資源備蓄・供給に特化したグループの整備」であり、広大な土地に精製前の各鉱物や燃料などが大量に備蓄されている。  資源難に苦しむ鎮守府への配給は、こういった独立系鎮守府の一部によって支えられているのだ。  「直近の資源供給実績は?」  「はい、各資源平均日産3千トン程度、ただし有事の際は1種類に特化すれば1万程度までは可能です」  「凄いな…」  海上輸送がボロボロになった現状で、1鎮守府でのここまでの供給能力は驚嘆に値する。  計画的かつ効率的な輸送体制の整備、普段からのこまめな出撃による周辺海域の掃討、これらがきちんと噛み合わないとこの体制は難しい…が、その難しさをなかなか知ってもらえないのも現実である。  現に、この鎮守府の特徴を説明するパネル展示コーナーへの出入りはまばらだ。  もっとも、一部マニアックな集団には十分理解されているようで…  『この体制を維持するのに、一日どのくらいの間隔で何度出撃してるの?』  『すいません、さすがにそれは軍機なので…。かなり、と言っておきますね。』  展示列の少し先のほうで、カメラ眼鏡小僧に解説を迫られてちょっと困った顔をする軽空母艦娘。龍鳳、といったか。  出撃頻度ぐらいは鎮守府外から見て分かる以上公開情報相当なのだが、一方で鎮守府の防衛・哨戒体制にかかわる内容についてはそれなりにレベルの高い軍機だ。  不用意に答えていてそのうちポロリ、よりは良いだろうし、このあたりは仕方のないことだろう。  「まあ、これを広報せよと言っても難しいか。分かる人なら分かる、で十分なのかもしれないな。」  「ええ、さすがにこのあたりはかなり専門的ですし…」  独立系鎮守府が周辺地域の協力を得るためには、広報活動が不可欠である。  ただ、研究系鎮守府であれば軍機だらけ、こういった兵站系鎮守府は先に述べた通り内容が地味、など、なかなか実際は難しいものだ。  中には開き直って艦『娘』の特徴を生かし、アイドル活動めいた広報を主としたグループもあるという話だ。  「…でも、皆さん随分調べられていますし、中には随分機密に迫る質問も…」  「おいおい、勢い余ってしゃべらないようにしてくれよ」  「だいぶ気をつけてはいます。」  外部から見て分かるような情報については、精査した上で機密指定ではないものをきちんと具体的に指定したほうが良いかもしれない…と、視察報告書の内容について考えながら、『体育館』を後にした。 *****  「当鎮守府の位置づけに関連して、輸送体制の紹介になります。」  先程の建物群の隙間を抜け、裏に回ると、線路が敷設された空間に出る。  貨物駅、と言えるほどの規模ではないが、荷役設備と思われるものや荷物用プラットフォームなど、必要なものをコンパクトに詰めた様子だ。  眺めていると、黒い車両にたくさんの人を載せた赤い色の…機関車?がゆっくりと移動していく。  そして、それを追いかけるかのように走ってくる、同じく赤い髪の艦娘。  「おーい、はぎぃ〜!」  「あ、嵐、今日はここの担当だったの?」  「そうさ!だいたい子供らのお守りだけどな、楽しいぜ?…ところで、こちらの方は?」  「あ、ええ、軍務局から視察に来られた、田辺さんです」  「やぁ!陽炎型駆逐艦の十八番艦、嵐だ!よろしくな!」  びっ、とシャープな敬礼、男勝りな喋り。なかなか元気な子のようだ。  「もう、えらい人の前でそんな喋り方しちゃ…」  「いや、構わない。むしろ折角だからここは説明をお願いしようか?」  「よし、任せてくれ!」  艦娘には、元となった艦の記憶から、様々な性格の子が居る。  中にはこのようにたいへん元気…いや、勇ましいというか、そういう者も居るのだが、そういった違いをありのままに受け入れることが、艦娘に良い影響を与えるという説が優勢であり、よほど失礼なことをしない限りは受け入れるよう教えられている。  「ここは、資源の陸上輸送のための積載設備だ。今そこで走っている機関車に、たくさん貨車をつなげて、他の鎮守府に運ぶ。」  「ふむ、それは分かるんだが、陸上の鉄道もそれなりに被害を受けただろう?役に立っているのか?」  今でこそずいぶん落ち着いたが、沿岸部への艦砲射撃により、鉄道の主要輸送ルートは一昔前に相当な被害を受けた。  それなりに重厚長大型の設備を要する鉄道は簡単には復旧できず、今も十全の能力は発揮できないと聞くが…。  「そのあたりは、どうもうまくやっているらしくて、内陸や日本海のほうを迂回している…みたいだ。」  東海道に対する中山道のようなものか。  「では、1日にどのくらいの資源量を扱える?」  「あー、頑張って、各資源の合計が二千トンぐらい…かな?」  「現状は1日2列車、合計千トン程度をここから発送しています。今の設備では最大二千程度でしょうか。」  ちょっとうろ覚えなのか、返答が怪しい嵐をすかさずフォローする萩風。  1日千トンということは、輸送部隊数往復分を代替できているということになり、大きくはないものの着実な効果はある。  陸上の復興と共に、さらなる分担が期待できるだろう。  …と、そうこうしているうちに、機関車が戻ってきた。  騒ぎ立てながら乗り降りする子供たち。  アイドリング時でさえ、艦とはまた別の重厚なエンジン音に、力強さを感じる。  「今はちっこいのに人だけ載せて走ってるけど…あれ1両で五百トンぐらいの貨物を運べるんだぜ。すごいよなー。」  「海に浮かべて重さは関係なくても、私一人で五百トンの荷物載せたのを引っ張るのは無理かな…」  元は数千トンレベルの排水量の彼女らだが、今はヒトサイズ。3桁トンでも一騒ぎ起きる規模になる。  「確かに、いずれ陸上輸送も無視できない選択肢になるだろうな。」  兵站は勝敗を決するとはよく言ったものだ。これを強く下支えする要素が増えるのは歓迎である。  艦娘を活躍させる兵站も、艦娘にどうしても担当させねばならない理由もないわけで、より良い負荷分散を考えなくてはならないだろう。 *****  「岸壁の方では、そろそろ公開演習が…今はじまるようです。」  子供たちに囲まれている嵐の所を辞して、いよいよ海の方へと向かう。  (書きかけ:戦闘シーンが書けない) *****  「こちらが艤装体験コーナーです。」  長蛇の列の先、コの字を逆にしたようなシンプルな構造の出撃ドック内では、艤装を装着した来訪者がおっかなびっくり海面を航行していた。  鎮守府公開の日らしい、たいへん微笑ましい姿…なのだが、一つ大きな問題がある。  「体験…と言ったが、艤装は性別年齢関係なく装備できるものではないだろう…」  艦娘の艤装については、科学的な検証はお世辞にもうまくいっているとは言えず、大きな謎がまだいくつも残っている。  その一つに、原因不明の年齢・性別制限があるはずなのだが…  「いえ、あれはつい最近試作された、訓練用艤装です。」  「訓練用?」  艦にありがちのグレー系基調の塗装ではなく、黄や赤など目立つ色に塗られたそれは、しかし一見したところでは特に違いは感じられない。  「簡単に言うと、解体予定のものをリサイクルした、ほぼハリボテの艤装…らしいです。私達も詳しいことは分からないのですが。」  軽く叩いてみると『ゴーン、ゴーン』と中に響く音がする。一応金属製だが、本当にハリボテのようだ。  艦娘の名前が刻まれるはずの場所には『技研89製 No.108』と書かれたプレートがとってつけたようにネジ止めされている。  「重量が5分の1になった代わりに、ただ浮くだけの機能しかありません。」  「推進は?」  「バッテリー駆動の推進装置を代わりに足の艤装に装着、このリモコンで舵と推進力を調整できます。乗ってみますか?」  「一度やってみよう」  以前見た、射出設備を使わない艦娘の出撃時にならい、岸壁で機関部、脚部、兵装…と取り付け、スケートリンクにそっと乗り出すように脚部に体重をかけてみる。  まったく浮力が無くドボン、という展開を想像していたが…何の問題もなく浮いた。  そのまま立ち上がってみたが、すぐにバランスを崩すような様子もない。  「スケートの経験があれば、そのまま走っていただいて大丈夫です。」  リモコンのスティックを前方に倒すと、そのまま前に動く。右に倒すと右に舵を切る。  模型の車の運転と同じでたいへん簡単なものだ。歩く程度のスピードしか出ないようだが。  「…面白いな。おもちゃ程度ではあるが、これは良い。」  海の上を立って滑るように走る感覚は当然はじめてだ。水上スキーとも異なる独特の面白さは、ここ以外ではまず体験できまい。  「建造直後の慣れない艦娘の訓練用や、艤装を必要としない海上移動に便利だということで、試験量産に入っているそうです。そのうち海軍省のほうにもいくつか試作機が入るかと」  「そうか、期待している」  しかし、これの5倍もの重さの艤装を普段装備して航行するとなれば、それだけでも通常の人の身では厳しい。  一度でもこれを体験すれば、毎日当然のように出撃している彼女らへの見方も少しは変わるだろうか。 *****  「心から、良い体験だったと思う。」  視察を終え一休みした後の別れ際。正門で見送る瑞鳳と萩風に自然とかけた言葉がそれだった。  「ご満足いただけたなら幸いです。はぎちゃん、よかったね?」  「はい、お楽しみいただけたようで、私も嬉しいです。」  世辞ではない言葉と察してもらえたようだ。硬さのない自然な笑みがこぼれる。  「いわゆる独立系は、どこもこのようにいくつかユニークな点があるのだろうか?」  「そうですね、んー…わざわざ独立する理由のあるところですからね、だいたい何かあるの…かな?」  いくつか具体的な鎮守府を想像しているのだろうか。少し首を傾げながら、最後は少し尻すぼみ気味に答える瑞鳳。  だが、たしかに言う通りだろう。少なくとも充実した設備を捨て、財を投げ打ってまで別に築く理由が、それぞれあるに違いないのだ。  「私は、試しに『いくつか』見てこいと言われているのだが、他におすすめがあれば教えてほしい。  そうだな…こちらを見て、できるだけユニークなところを見てみたい気は強まったか…。」  「いろいろありますよ。  動物さんが提督さんなところは両手で数え切れないほどありますし…  鉄道で各地を移動する鎮守府、起重機船という作業船が代表の鎮守府…  あえて最前線で仮設な設備で運営するのが好きな鎮守府など…どこへ行っても楽しめますね?」  「た、たいへんハードルが高そうな鎮守府だな…」  表情を抑えきれず、自身で分かるほどひきつった顔をしてしまう。  『ユニーク』という言葉の枠では、明らかに足りないように思うのだが?  「ふふふ…そうですね、いくつか耳を疑うような内容もあったと思いますが…」  悪戯が成功した子のような笑顔で言う瑞鳳。さらに続けて、  「…では、少しハードルを下げましょうか。案内の中で、たぶん鉄道輸送の荷役設備も見ていただいたと思うのですが、」  ここで言葉を切り、萩風とアイコンタクト。頷くのを確認して続ける。  「自己調達では足りず、千トン単位の資源の供給を常時受ける必要のある、たいへん『燃費』の悪い独立系鎮守府も見てみたくはありませんか?」  「あの設備で発送する資源は、資源不足の鎮守府への配給用と聞いたが?」  「いえ、通常の配給は海運です。鉄道輸送分は、受ける側にも設備が要りますから、発送先が限られます。ほぼ行き先は一箇所ですね。」  集中攻略作戦の最中なら分かるが、常時毎日千トンオーダーとなると様子が異なる。  つまり、普段の哨戒任務での消費を遥かに超え、遠征隊でも賄いきれない何らかの活動を行っていることは明らかなのだ。  「それは…どちらに向かえば?向かうだけで苦労する鎮守府もあるようだが…」  「鉄道でも苦労する程度の田舎に位置しますが、こちらから出ている定期輸送便に便乗すれば、簡単に辿り着けますよ?」  「そうか…考えてみよう。ありがとう。」  興味を覆い隠すように濁すような答えをしてしまったが、頭の中では早くも次の算段をしてしまう。  どうやら、頭脳労働専門で缶詰にされる生活にはならならそうだ。  「今日は本当にいろいろありがとう。」  「いえいえ、今度は公開日以外にも来てみてくださいね?攻略戦中以外なら、いつでも歓迎しますから。」  「それでは。」  「お気をつけて。」  最寄駅へ戻る送迎車の中。今日の体験を連続写真のように思い出し、頭の中でまとめてゆく。  言うまでもなく、報告書は相当長くなりそうだが…。  早く戻って、これを文としてぜひ残してみたいと思ってしまう自分がいた。